2008年10月アーカイブ

アルバムの半分に到達

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ブログというと日記のようなもの、と聞いていたけど
私のは時系列が無茶苦茶になってしまっているので、「ブログのようなもの」
というのが正しい。
今日の話も10月5日の話なので、今日の出来事は、また今度という事になります。
過去の話が一通り出そろうまでは回想録という事にしておいてください。

今までに6人のレコーディング・リポートが終わったのですが
今の時点で歌まで入って完成(ミックスダウンはまだですが)したのが、この6人。
ただオケは出来たけど歌がまだ、というのが1曲あります。

本日はそのレポート。

1969年に「白い色は恋人の色」でデビューした「ベッツィ&クリス」という
女性デュオを覚えてますか?

今までの6人のアーティストを御存知の方なら多分覚えていると思いますよ。
グループ名は知らないけど、その曲は知っているという方もいらっしゃるでしょう。

「ハワイからやってきた二人の歌姫」って感じで、当時とても新鮮に感じました。

今回の企画でキャスティングを考えている時に、どうしても彼女達に参加して
欲しくて、当時の関係者にお願いして、連絡をとっていただきました。

そして、現在ハワイ島に暮らしている事、残念ながらクリスさんは引退した事、
代わりに、ベッツィさんの娘のエマさんと活動を続けている事がわかりました。

今回の話を伝えてもらったところ「喜んで参加したい」と返事をいただきました。

その曲は

「昨日、今日、明日」歌 井上 順

阿久さんのヒット曲の中でも、飛び切り明るく、軽快な曲です。
この曲をスリーフィンガーのギターサウンドでやって見たかったのですよ。

スリーフィンガーと言えば「石川鷹彦さん」
そこにハワイの香りを入れたくてウクレレ、アコースティックベース、そして
パーカッションという編成にしてみました。
アレンジは私、山崎一稔が担当。

ご当人達に日本語の歌詞を覚えていただかないといけないので仮歌は不可欠!
そこで最近知り合った女性デュオの「ナツメグ」の二人に仮歌をお願いしました。

その結果、オケはハワイの波音が聞こえそうな感じに仕上がりました。

今月の中旬頃に私がハワイに行ってヴォーカル・ダビングという予定です。
プチ海外レコーディングって感じですが(笑)実質1泊2日のハワイ行きですので
かなりキツいですよ。

ハワイ録音の話は帰って来てから、また御報告します。

それに成田から次のアーティストのレコーディング現場に直行します。

そのアーティストとは

「永井龍雲」

そのレポートも帰ってきてから、という事で。

渡航までレコーディング作業はちょっとの間、休憩です。
残りのアーティストの録音準備等でコマネズミになっています。

「歌鬼」のファースト・アルバムのお話もしてみましょうか。
お楽しみに

10月26日、レコーディングの前日にテレビ東京の「みゅーじん 音遊人」という
音楽ドキュメンタリー番組の放送がありました。

この日の主人公はニッポン・アコギ界の巨匠、石川鷹彦氏

石川氏に密着取材して作られた番組でした。
この番組中に、石川氏を語る上で、なくてはならない存在としてイルカさんも
登場しました。

この中で今回の阿久悠トリビュート・アルバムの話題が取り上げられました。
たまたま、石川邸で行われたイルカさんとの打ち合わせの時もカメラが回って
いたのですよ。

和気藹々の打ち合わせ場面と供に、今回イルカさんが歌う曲も発表してしまいました

「北の宿から」

1975年に都はるみ歌唱で発表され翌76年にレコード大賞に輝いた大ヒット曲です。

イルカさん本人から、この曲を歌いたいと聞いた時は正直驚いた。
と同時に嬉しくなりました。
このアルバムの「阿久悠vsフォーク」というコンセプトが増々明確になってきた
と実感しましたね。

27日のスタジオは、まず前日の放送の話題から始まり、和やかな雰囲気がスタジオ
に溢れました。
今回のレコーディングはDr.鎌田さん、ウッドベース松本さん、バンジョー有田さん、
オーボエ庄司さん、そしてアコギは石川さん、という編成。

バンジョーが入ってるというところがミソですね。
この曲のアレンジの方向性を示しています。

何回かリハーサルしたところでイルカさん登場
キュートな衣装がお似合いでしたよ。

全員でリハーサルが始まりましたが、突然イルカさんからの提案

「キーを変えましょう」

1音上げる事になり、譜面の修正などでブレイクタイム
イルカさん差し入れの出来立てパンをいただきました。

再びリハーサル。キーの変更が素晴らしい結果を出しました。
基本的な事なのですが、新ためて、キー合わせは大事だと認識しましたよ(笑)

ベーシックなオケは完了
イントロに色々とアイデアを出し合って、石川氏がギターと格闘

イルカさん曰く「カキーン」も入りました。
(石川さんのギターを語る時に欠かせない奏法なのですが、イントロの頭に
入ってます)

「石川鷹彦編曲」にふさわしいオケが出来上がりました。パチパチパチ

イルカさんの歌入れは、数テイクで終わり(速っ!)

都はるみさんの「北の宿から」は東北のイメージなのですが
今回のイルカさんバージョンには東北のイメージがない。
どこか?と言われると困るのですが、あえて言うなら「ニューオリンズの北端」

まあ出来上がりを是非!聞いてくださいね。

イルカさん、石川さん、サポートの皆様、ありがとうございました。

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ちょっとブログを読み返してみたら「太田裕美の巻」は
レコーディング・レポートが書いてなかった(笑)

まあ、設計図も運営方針もはっきりしないままブログをスタートさせてしまったから
仕方ありませんね。

という事で本日は太田裕美さんの巻です。

彼女と私はほとんどデビューが同時期、ただし彼女は以前からスクールメイツ
(懐かしい)に在籍していたので、やや先輩になりますね。

当時、所属していた事務所は渡辺プロ。

当時の渡辺プロ、通称ナベプロは現在と比べものにならないくらい巨大で、
ナベプロ帝国と呼ばれてました。
強大ゆえの功罪もあって、他の正統派フォークの人達から敬遠(?)され
一緒にコンサートなど出来なかった。
まあ歌謡曲側の人間と見られてたわけですね。

そんな事もあり。彼女とツアーやライブをやる事が多かったわけです。

しかし、久しぶりに会った時も昔とキュートさは変わってませんね。
「ほぼ原型、太田裕美」

歌声は全く変わってない事に驚きました。
驚きはもう一つ。

当時、私のバンドのマネージャーだった佐藤さん(通称オバケさん)が、今は彼女の
マネージャーであった事。オバケさんも変わってないですね。
推定?十才のはずなんですが。やはり、オバケさんの名にふさわしい。

今回の企画を考えた時に、彼女は欠かせない存在と考えてました。
70年代のフォークといっても色々あって反戦歌を歌う人、テレビに出ない人、
私のバンドのようにドリフの番組でマット運動さえもやる人(本当ですよ)
本当に多種多様。
あまりコアな人選、キャスティングはしない、というのが私の主旨でしたので
彼女の当時の位置関係は大事なのです。

「歌謡曲とフォークを繋げた存在」なのです。

今回、彼女に歌っていただくのは

「友達よ泣くんじゃない」森田健作

今や国会議員(だっけ?)の森田健作さんは当時の青春スター
彼の大ヒット曲です。
この曲のコードの使い方は当時にしては珍しく、ポップな感じなのですよ。

そして、アレンジャーは萩田光雄氏。太田裕美とは黄金カップルです。
「木綿の〜」から大多数のアレンジは萩田氏ですね。

アコースティック中心で小編成なアレンジで、というお願いの結果
本日の編成は

アコギ2名、ウッドベース、ペダルスティールになりました。

ヴォーカル・ブースに彼女が入ってから2回ほど演奏したところで

「これで、いいんじゃないの?」と萩田氏

テイク2で出来ちゃいました。さすがトップミュージシャンを集めただけの事は
ありました。メンバーの詳細はアルバムに書いておきますから是非!

買ってください。多分、2月4日発売。

その後、彼女の歌入れも数テイク録って終わり。
ラフミックスをエンジニア大越氏が作ってる間も雑談に花が咲きました。

「なごみ〜ず」でも歌ってくださいね!裕美さん。


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9月25〜26日大阪への出張

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大阪出張の目的は

元憂歌団の木村充揮(あつき)さんのレコーディング

今は解散してしまった憂歌団ですが、木村さんのヴォーカルの存在感は
比べるものが無かったくらい強烈なバンドでした。

約30年前、私が関西在住だった頃、憂歌団のメンバーの花岡氏とは
何度か飲んだ記憶があります。

今回の企画を考えた時から、木村さんの参加をお願いしてました。
そして今回のもう一つの目玉である共演ギタリストは

押尾コータロー氏

前回の「歌鬼」では工藤静香さんと組んでもらって素晴らしい結果がでました。
そして今回。ほとんど異種格闘技のような組合せを押尾氏にお願いしたところ
「是非やりたい!」との事。
以前からお互いにリスペクトしている関係だと聞いて、ちょっと驚きでした。

お二人とも関西在住なので私が大阪に出張する事になりました。

25日は、まずリハーサルという事で大正区にあるリハスタへ新大阪から直行


私は二十数年、関西に生れ暮らしてましたが、大正区という所に行った記憶がない
環状線に乗り、しばらくすると「京セラドーム」が見えてきた。
なるほど、ここが大正区か。

リハスタには木村氏がすでに到着されていて、さっそく御挨拶。
全然、昔と変わってない気さくな人柄に一安心。

間もなく押尾氏も到着し、リハが始まった。
今回もアレンジは押尾氏に一任してあるので、私はビデオを回しながらしばし傍観。

二人でやりとりしながら決めて行く。
今回は他のミュージシャンのアシストなし。ギター2本と歌だけ。

曲は

「嫁に来ないか」

新沼謙治が歌ったヒット曲である。この曲も阿久悠作品の中では異色中の異色
この曲は絶対に憂歌団に合う、と確信しての選曲。
出演交渉している段階では「他の候補曲はないのですか?」と聞かれるのが普通です。
曲が気にいらなくて交渉決裂なんてのもザラですから。
この「嫁に来ないか」に関しては拍子抜けするくらい「わかりました」の一言で決まった

細かい事は本番で、という事でリハ終了。押尾氏は次の仕事場へ。超売れっ子です。

梅田にもどり久々に梅田界隈をブラブラ。迷子になるくらい街が変わってる。
知ってる店があった。「梅田ナカイ楽器」
昔、ギター少年だった頃、憧れのマーチンを眺めに通った店だ。
確か、店の御主人は昨年亡くなった親父と大学の同級生だったと記憶している。
そのお陰か、とても良くしていただいた記憶がある。

26日、本番当日

スタジオは私が宿泊している新大阪のスタジオから程近い「サンワスタジオ」
過去にも何回か来ている大阪有数のスタジオである。

エンジニアは片石氏。押尾氏専属のオペレーターだそうだ。
押尾氏が「メンバー」と呼ぶほど、押尾サウンドを作るのに欠かせない存在。

リハでやった事を再現しながらレコーディング、プレイバック、そして微調整。
これを何度も繰り返す。
結局、ドンカマなし、ギター2本、歌も同時、というほとんどライブ演奏のスタイルで
やる事に決まった。

つまり一発録り。最高に緊張するレコーディング方法。

でもモニターから流れてくる音に不用な緊張感は微塵も感じられない。やったね!

結局、2タイプのトラックを録音し、ミックス作業に。
一つはギター2本と歌。
もう一つは、押尾氏のギター1本と木村氏のヴォーカルだけのタイプ。

どちらも捨てがたい。判断は私に任せてもらう事にした。

こうして「嫁に来ないか」は完成。「歌鬼2」の宝箱に収まった。

木村さん、押尾さん、ありがとう。ライブでもドンドン歌ってくださいね。

休憩の食事に皆で行ったウドン屋、何ていったっけ?
ウドンは大阪が一番旨いよ、ほんまに(笑)


「私は泣いています」、「心が痛い」

70年代の屈指の美人フォーク・シンガー、りりィさんのレコーディングは
千葉県の鴨川でおこなわれました。

鴨川といえば「鴨川シーワールド」が有名ですね。
その「鴨川シーワールド」からさほど離れていない場所に
彼女のプライベート・スタジオがあります。
目の前が砂浜、そして太平洋! 素晴らしい環境で彼女は音楽を作っています。
実に羨ましい。

タイトルにある外録とは、通常のスタジオ録音とは違い、録音機材を録音したい場所
に運んで行ってレコーディングするスタイルの事です、まあ読んで字のごとしですね。

鴨川の仕事場におじゃまするのは実は今回で2回目。
1回目は打ち合わせの為に訪問したのですが、
あまりの絶景に「是非ここで録音させてください!」とお願いして実現したのですよ。

普段、外の景色が見えない殺風景なスタジオで仕事をしているスタッフにも
ここの空気を吸ってもらいたいという気持ちもありましたね。

私は前日から来て、この仕事場に泊めていただいてたので、
当日入りのスタッフの到着を待つ事に。
やってきました、機材満載のエンジニアの大越氏のBMW。

重い機材を運び込んでセッティング。普段のスタジオワークなら不必要な
重労働もこの環境のせいか、さして苦になりませんね。

そうそう、言い忘れてました。
現在、りりィさんはパートナーの斎藤洋士さんと「りりィ・洋士」として
活動されてます。洋士さんは見た目は「強面系」ですが、とてもシャイで優しい方ですよ

今回の編成は洋士さんのアコギ、エレベに山田氏、ブルースハープの深沢氏の3名
超シンプルな編成で演奏する曲は、


八代亜紀さんが歌った大ヒット曲「舟唄」


前回の因幡晃「京都から博多まで」に引き続き「演歌」です。
当初は別の曲を提案してたのですが「舟唄を歌ってみませんか?」という
オーダー変更を快諾していただきました。

レコーディングは洋士さんとベースの山田氏がベーシックを録音し
りりィさんの仮歌を入れてから深沢氏のハープを入れるという順序

いやあ、素晴らしいオケが出来ましたね。
八代演歌の片鱗もないくらいに生まれ変わりました。
八代亜紀の舟唄が日本海側だとしたら、りりィの舟唄は三浦半島沖って感じですね。

りりィさんの歌入れは翌日という事にして、全員で食事に。
というか飲み会ですね。
りりィさんも洋士さんも鴨川にすっかり溶け込んでいて、どこへ行っても
友達ばかり。
さすが、漁港も近いし野菜も新鮮。東京とはかなり違う食生活が送れますね、鴨川は。
そういえば前日の夜に行った寿司屋ではクラゲの握りが出て来ましたね。驚いた。

お二人の友人達もかけつけ、ほとんど打ち上げのような食事の後はホテルでzzzzz。


話が前後してしまいますが、この時期は丁度、お祭りの日で交通規制はあるは
人通りはすごいはで、大賑わいだったのです。
御輿や太鼓を演奏する山車がスタジオのすぐそばを通過するので
さすがに、その時はレコーディングを中断しましたよ。

でもヘッドフォンで聞くと遠くに波の音と太鼓が入ってるかもしれません(笑)

翌日の歌入れもサクサクでした。
プレイバックを聞いて満足。ミックスは東京に戻ってから、という事でラフミックスを
作って終了。

帰りに、農家の友人という方から新米をいただいて、またまた感激。
(この千葉の米は本当においしいですよ)

10月12日に新宿でのライブで「舟唄」を生演奏するということになりました。
そのレポートはまた後日。

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去る9月6日になりますが

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「歌鬼2」の最初のレコーディングが行われました。

その最初のアーティストと今日、街なかでバッタリお会いして、しばし立ち話。

そんな事もあって、これは良いきっかけと思い、今回はこのレコーディングの話を
しようと思います。

そのアーティストとは

因幡 晃

この名前で「あっ」と思われた方は大体、年齢が推定できるかも(笑)

「わかって下さい」という名曲を70年代半ばにヒットさせ30数年に渡る
現役歌手生活。

なんて風に書くと凄く演歌臭くなってしまいますね。
ただ、今の若者からみるとフォークも演歌も同じジャンルに聞こえるらしい。
この時代を生きてきた私にはかなり不満なのですが、まあいいか。

因幡氏は独特な雰囲気を漂わせ、マネージャーと供にスタジオ入り。
見ると若者が同行している。高校生になる長男だそうだ。
子供に親父の仕事場を見せるのは、りっぱな教育ですね!
将来はミュージシャン志望だとか。

そして歌う曲は

「京都から博多まで」

かの宇多田ヒカルのお母さん「藤圭子」のヒット曲。
演歌ですぞ、この曲も。

アレンジャーは、何と、佐藤 準氏。

アコギ2本にエレベ、ドラム、ハモンドオルガン。
アコギのスライドギターが唸り、見事にフォークロック(これも死語かな)に変身した。
サトジュン、御見事!

聞かないとわからないよね、こればかりは。

歌入れが始まって、因幡氏は何度か考え込むシーンがあった。
新しい自分を見つけようと今、彼は格闘している。
息子よ、ちゃんと見ておくんだぞ!親父の戦う姿を。なんて、心の中で
エールを送った。
そして、無事に因幡氏の歌入れが終了。

因幡氏の不安と自信が入り交じったような表情が印象的でしたね。

すでにライブで、この「京都から博多まで」を歌ってるそうです。
アルバムの発売は来年の2月頃ですので、是非、是非、会場に足を運んで
生で聞いてください。

このレコーディングに入る前、打ち合わせの後の帰り道。
突然のゲリラ豪雨に足止めをくらい、雨宿りのつもりが飲み会になってしまいました。

因幡氏と私は同い年で、当時、音楽界への登竜門だったヤマハのポプコン出身。
おいしいお酒になりました。
マネージャーの岡崎さん、ごちそうさまでした。

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10月5日

あがた森魚氏のレコーディング初日。
所謂、オケ録りですね

あがた氏との出会いは30数年前。一瞬でしたが同じ事務所、
マネージャーも同じ。
当時は全くお付き合いもなかったと記憶しています。

30数年を経ての再会となりました。

当時「赤色エレジー」が大ヒット!
異色とか奇才とか、まあ「普通じゃない」という意味の
形容詞がつけられていた、あがた氏も60才。
目出度い還暦を迎えられました。

彼の詳細は省略。ネット上に溢れていますからね。

そして今回の「フォーク企画」の中のもうひとつの目玉が
参加するギタリスト。
日本を代表するギタリストに参加していただいています。
今回、あがた氏と共演していただくギタリストは「中川イサト」。

「五つの赤い風船」のメンバーであり、その後、押尾コータロー氏等の
師匠としてギター界の大御所として活躍されています。
詳細はネットでね(笑)

それとバックミュージシャンは、あがた氏と近年活動を供にしている
「チンチョルズ」。名前の響きから「ゆる〜い、ほのぼの感」が出てます

チューバ、アコーディオン、クラリネット、パーカッション。
それにゲストのヴァイオリンが入った編成でおこなわれました。
もちろんアコギは中川イサト氏。
この編成だけで、あがた森魚って感じが伝わってきます。

曲名も発表してしまいましょう。

「津軽海峡冬景色」

石川さゆりを代表する演歌の名作ですね。

今回の「歌鬼2」は演歌歌謡曲系の阿久悠作品が多く登場しますよ。
でも「フォーク企画」ですからね。
演歌歌謡曲にはなっていません。
でも、聞いていただかないとわからないでしょうね。
お楽しみに。

レコーディングは案の定、ゆる〜い雰囲気で和気藹々と進み
無事オケ録り完了。
翌日6日に歌録りが行われ、終了。

これじゃレコーディングリポートにならないなぁ

言えるのは、誰も聞いた事のない「津軽海峡冬景色」が生まれたということ

このアルバムは来年の2月上旬の発売予定ですが
参加アーティストの多くはライブやコンサートで先行して歌って
いただけると思います。是非、生で聞いてみてください。

photo-agatamorio-01.jpg


前列左が中川イサト氏、右があがた森魚氏
後列のセンターが私、両サイドがチンチョルズのメンバーです。

昨日の事ですが・・

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女性歌手のレコーディングでした。
その女性とは「太田裕美」。
いよいよ実名入りで書く事にします。

現在進んでいるのは「歌鬼」のセカンド・アルバム。
仮に「歌鬼2」と呼んでいます。
または「歌鬼のフォーク企画」

「フォーク」

懐かしい響きですね。

私も三十数年前に「フォークバンド」でデビューしました。
太田裕美さんは当時、同じ事務所所属で仕事も良く一緒でした。

実に三十数年ぶりの再会です。

当時の私のバンド名は「三輪車」

笑ってしまいますね。どうしてこの名前になったのか良くわかりません。
デビュー曲は、そこそこ売れましたが
まあ俗にいう「一発屋」なわけで(笑)

歌手としての才能に見切りをつけて
現在の作編曲家になるきっかけになったのは確かです。
そういう意味では感謝すべき、愛すべき名前のバンドかも。

という訳で阿久悠トリビュートの第二弾は

「70年代のフォーク歌手」の皆さん大集合です。

これまでにレコーディング済みの方達を発表しましょう。

因幡 晃

りりィ

元憂歌団の木村さん、feat.押尾コータロー

そして太田裕美

曲名は、まだ秘密にさせてください。
多分レコーディングの終わった方達がライブやコンサートで
情報をリークしてくれると思いますよ。

まだマスコミ発表してませんので悪しからず。

明日は「あがた森魚」のレコーディングです。
明日以降はレコーディングが終わった方達の
レコーディング・リポートを書こうかな、と思ってます。
お楽しみに。

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